[2001.09.09]
  I'm So Lonesome Could Cry


 ▼合併で締めくくる波乱万丈のコンパックの歴史(ZDNet News)
  http://japan.cnet.com/News/2001/Item/010905-7.html


 寂しくって飛ぶことさえできないくらい,“ひとり”な夜鷹の声がきこえないか? 夜汽車がむせび泣く声もきこえる。僕の泣きたいくらいの寂しさに合わせて。

 コンパック社の歴史は,ハンク・ウィリアムズの一生のように,激しい人生をたどって有名になり,早すぎる幕切れを迎えた。創業者3人がレストランのテーブルマットに製品デザインを書いてスタートし,1994年には世界最大のパソコンメーカーになった。だがDEC社(ディジタル・イクイップメント社)との買収がスムーズにいかなかったり,デル社のような直販体制をうまくものにできずにもいた。ヒューレット・パッカード社との合併でコンパックの歴史は終わったが,その結末がどうなるかはまだ不確かだ。

 タンデム,そしてDECと食ってステップアップをしてきたコンパック。買収先の2社は,どちらもコンパックより歴史のある古豪メーカーだった。だが,それがスムーズにいったわけではなかった。米国でも社風の違いから時間がかかったし,日本でも,タンデムの買収では,タンデム側の経営陣の方が力を持っており,実際買収もタンデム主導で行われた。なにせ,本社も,社長も,タンデムから受け継がれ,名前だけコンパックが残されただけなのだった(Impress PC Watchの記事)。それがやっとこさひとつのカタチになったと思ったら,今度はDEC買収のニュースが米国から伝えられた。このときも日本DECの売り上げ,社員数は日本コンパックよりはるかに大きいもので,気苦労ばかりの多い合併作業が行われた。大きくはなりつつも,紆余曲折の歴史であったコンパックだった。

 過去記事でタイトルとした「コンパック・ショック」という言葉は,NECのPC-98の独壇場で,富士通やシャープ,アップルなどがはるか下に並んでいた日本のパソコン市場に,極端に低価格なAT互換機で殴り込んできたコンパックをあらわした言葉だった。時を経て,NECの単独支配はあっさりと崩れ去り,非常に健全な群雄割拠の時代となり,そして今,コンパックは売り上げ的には自分より格下のヒューレット・パッカードに食われて終わった。華やかな成長を繰り広げてはきたが,どこか苦痛に満ちた,孤独さと憂いに満ちていた。そんなコンパックの歴史を思い返してみる,今。


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